平成一八年の春から夏にかけて、京都の街は二軒もの大切な店を失い、しかし、一軒の店だけは多くの力で守られ、復活を遂げた。悲喜こもごも、この三軒の命運を分けたのは、やはり世間、即ちマスメディアを中心とする世論の差にあったのは皮肉なことではある。木屋町三条上る、ここに一軒の和菓子屋があった。といっても、茶席に出てくるような上生菓子ではなく、ごくごく普段遣いの素朴な菓子のみを商ってきた店で、代表的な商品は
「普段着の」菓子、望月... の続きを読む
ありきたりではないお土産なら、市場の八百屋で求めた京野菜というのも一興だ。京都らしいラッピングもないが、それがまた却ってリアリティがあって喜ばれるのではないだろうか。濡らした新聞紙に包んだ京野菜を土産にする。中身よりもお金がかかっているのではないだろうか、と勘ぐるほどに過剰な京都風ラッピングで包まれたものより、きっと喜ばれると確信する。時ならぬ京野菜ブームは、ともすれば、普通の野菜を特別なものに格
ありきたりではないお土産... の続きを読む
幸神社から細い道を北へ上がると、二車線の広い道、上立売通に出る。これを左、即ち西に向かうとやがて、「相国寺」に行き当たる。上立売通、「かみだちうりどおり」と読むが、京都人の多くは「かみだちゅうり」と呼ぶ。他にもこういう例はたくさんあって、例えば「七条」などは「ひっちょう」となる。京都の地名にルビを打つのは無意味だと思えるほどに、言葉と地名が一体になって馴染んでいる。名前というものにはすべて由来があ
由緒ある地名を失くす愚... の続きを読む
「これって、何だか分かる?」隣に座っていた友人の女性が、鉄板の上で熱せられた細長い食材を目にしながら、こう尋ねてきた。「さあ、何だろうね」と私。「この食感、マコモ茸かしら」「いえ、マコモ茸は季節が終わりましてね。実はそれ、黄色いニンジンなのですよ」ここは、グランドハイアット東京の鉄板焼レストラン「けやき坂」。私たちが神妙な面持ちで料理を味わっていたところ、料理人の方がこう教えてくださり、その意外性
料理人と会話が交わせる楽しさ... の続きを読む
庭のホテル東京では、サラダ野菜の種類が多かったことが印象に残っている。ルッコラやマスタードグリーンといった珍しい野菜も目についた。そのホテルでは、近くに住む友人と昼食もいただいたが、朝食と同様、サラダ・ブッフェが充実していた。トマトが何種類も置かれていて、私の隣でそれを見ていた女性が「へえ〜」と感心していたほどだ。料理長の野菜に対する関心の高さが表われた品揃えだった。瀬戸内海の多島美が眺められる絶
野菜たっぷりの朝食がうれしい... の続きを読む
帰りがけに、野辺山駅の北側にある「ピクニック」という喫茶レストランに立ち寄る。昨年の魚沼と会津の旅のときに国道から逸れて、遅い昼食をとった店だ。観光客よりも地元の方が目立つ店内は、地元の人に愛されている証拠だろう。よく日焼けした男性客は農家の人に違いない。ロースしょうが焼き定食はボリュームもたっぷりあって、それ以上に旨く、かみさんにも大好評だった。柔らかい肉もさることながら、地元の高原野菜の新鮮さ
サイクリングの財宝に行き当たった... の続きを読む
沖縄式炊き込みご飯の「ジューシー」は、大阪でいうところの「かやくご飯」に似ていると思う。どちらもニンジンやシイタケなどを細かく刻み、そのまま米と一緒に醤油とダシで炊き上げる。また、大阪のうどん屋のうどんの隣にかやくご飯が登場するように、沖縄そば屋ではそばの横にジューシーが並ぶことが多い。東京のそば屋でも炊き込みご飯が出てくるところはあるのだろうが、東京式は具を先に味付けしてからお釜に入れて炊くとい
沖縄式炊き込みご飯の「ジューシー」... の続きを読む
私がまだ小さな頃、よく家族旅行に行っていました。そのほとんどお父さんが運転する車で移動。私はただ車に揺られ、お兄ちゃんとケンカしながら外の景色を眺めているだけ。だから、なかなか行き先を覚えられず、帰ってきたらどこに行ったのかをすぐ忘れ、「連れて行き甲斐のない子だねぇ」とお母さんによく言われていましたっけ。家族旅行って言ったって、そんな遠出するわけでもなく、近場の温泉とかなんですけど、それでも場所は
家族旅行?行き先よりも思い出?... の続きを読む
テーマは離婚の原因ではなく、離婚のインフラ整備について。離婚のインフラってなに?つまり、いざ離婚をしようと思ったときにですな、沖縄という土地は内地に比べて離婚しやすい環境がそろっているんじゃないかっちゅうことなんですな。なかでも大きいと思われるのはやはり「恥」の概念。沖縄の人は例えば出戻りなんかをわりと寛容に迎えてくれる。これは沖縄の家族のつながりの強さを表す現象のひとつでしょう。親族のバックアッ
離婚のインフラ整備について... の続きを読む