平成一八年の春から夏にかけて、京都の街は二軒もの大切な店を失い、しかし、一軒の店だけは多くの力で守られ、復活を遂げた。悲喜こもごも、この三軒の命運を分けたのは、やはり世間、即ちマスメディアを中心とする世論の差にあったのは皮肉なことではある。木屋町三条上る、ここに一軒の和菓子屋があった。といっても、茶席に出てくるような上生菓子ではなく、ごくごく普段遣いの素朴な菓子のみを商ってきた店で、代表的な商品は、大判焼きにも似た形状の「望月」という菓子だった。
(参考サイト)
大村セントラルホテル - じゃらんnet
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明治期に創業した店はそれ故、「菊水堂」という屋号を「望月本舗」と変えたほど。独特の製法で鉄板を使って作られる「望月」は、その実演販売の楽しさもあって、京都人にもっとも親しまれた「普段着の」菓子だった。